年内、僕の「幸せパンチコラム」はおそらくこれが最後だろう。個人的には、会社(もちろん非正社員)の部署移動をしたり、コラムに首を突っ込ませていただいたり、初の休会をしたり、細々とだがいろいろあった。だが、本年は僕の人生の中でもかなり忘れられない年になってしまった。正月が過ぎてすぐ、関東圏に在住の親類(本当に好青年だった)が28歳の若さで大腸癌のために早世してしまったからだ。
「一発逆転」と『NO SURRENDER』
この青年は、勉強面でも運動でもかなり努力して、その能力を高めていった。もちろん素質がまったくないわけではないが、天才型というよりはむしろコツコツ型と形容するのが適切だろう。運動は、野球・サッカー・卓球・テニス・水泳・スキーとかなりこなし、格技では小学生時代に剣道を数年習っていた。成長してからの本人が打ち込むスポーツは格技系ではなかったが観戦は好きで、いろいろと情報を入手していた。彼が26歳と半年で強い腹痛を訴え、大腸癌と判明した時には、直ってほしかったし、何とかなるだろうと希望は持っていた。休職し、数時間に亘る手術を経て、瘠せた彼は、それでも見舞客には常に笑顔を見せていた。優しい婚約者もいた。僕も数回お見舞いに行き、笑いが癌細胞の増殖を防ぐということなので、おバカな話をしにいった。とはいえ、普通に喋っているだけで十分おバカかもしれない恐れも無きにしも非ず、だが。手術後一年ほどはそれなりに元気で、体力を回復させようと散歩をし、ゆっくりと休養し、職務復帰の用意もしていた。が、悲しいかな、癌は再発し、かなり悪い状態になったと知らせが舞い込んできた。
彼の誕生日が過ぎ、秋が深まった頃、僕は木谷マネに「親類が癌なのです。元気付けたいのでオザキジムTシャツにサインとお好きな言葉(一発逆転)を書いていただきたいのですが」とシャツとマジックを購入しお願いしたところ、木谷マネは即座に快諾してくださった。そして、僕の焼き鳥パンチの威力は高が知れているものの、他のハードパンチャー会員、プロテスト生達のパンチをミットで何ラウンドも受けた後、しかしとても力強く書き上げてくださった。僕はとても嬉しくなってお礼を述べ、その品を抱えてお見舞いに行った。彼は自宅1階で病床にありながら、婚約者に付き添われながら何とか2階へ上り、PCでオザキジムのウェブページにアクセスした。「ああ、こんなすごい人から素敵なものをいただいたんだ」といたく感激し「一発逆転(長生き)します。木谷さんにくれぐれもよろしくお伝えください!」との伝言を僕は確かに木谷マネにお伝えした。
そのTシャツを贈った日の前後(詳細は忘れてしまった)、僕の住所からわりと遠くはない親族が彼のお見舞いに行くことになり、僕もついて行った。その家には小学校低学年の少女がいて、この子が零歳児だったとき、彼が抱っこして微笑んでいる写真がある。その子は「これから、君を抱いてくれている写真のお兄さんのお見舞いに行くんだよ」と説明をされていたのだが、何せ抱っこされた記憶はないだろうから、実質初対面といってよい。彼もその後は赤ん坊がどれほど大きくなったのかは知らないから、とても楽しみにしていた。病人に会っても楽しくないだろうから何か喜ぶものを買ってあげようと、彼はふらつく身体で婚約者と外出した。途中でぶっ倒れるかもしれないくらいに体力は低下していたが、これが「命懸け」なのだな、と僕はその凄さを思った。「こんなおじさんのところに来たって面白くもなんともないでしょう。でも、よく来てくれたねえ」と彼が痛みを堪えて静かに微笑みながら話しかけているとき、僕は思わず涙をこぼしてしまった。普通なら28歳の「お兄さん」なのに。ただ、その子は賢いし健気だし、はっきりとお礼をいい、後からその母親に僕は「泣いているんじゃねえ!」と怒られた。葬儀で、その子は彼のお骨を拾った。
お見舞いから帰ってからも病状は悪化するばかり。僕はさらに、もう助からないかもしれない、表現は実によろしくないが「焼け石に水」になるかもしれないと思いつつも、やはり一日でも生き延びてほしかったものだから、現役時代に飯泉健二さんと対戦したKさんに「公開された『NO SURRENDER』のビデオを飯泉さんにお借りできるよう頼んでいただきたいのですが」とお願いしたところ、忙しいKさんは、これもありがたかったが、快諾してくださった。しかし、こちらの件は残念ながらなかなか諸事情あって都合がつかず、間に合わなかった。
年内持ちこたえるか、冬は、暖かい病院内でも寒気がする、もし年を越えたら春まで生きられるか、といった観測希望があったが、医師の見解は「年を越せるかどうか」だったようだ。1月3日だか5日だかに昏睡状態に入って、8日に亡くなった。実に早すぎたが、それでも、意識のあるまましっかり年を越せたし、だからこそそれが彼が命懸けで達成した「一発逆転」だと僕は受け止めている。
本年の最後に!
あまりに重い話題で最後にしたくはないので、僕の頭の中身よりもおめでたい話を二つ。やはり親類なのだが、父方・母方とも百歳を迎えた女性がいる。このお婆さんたちに共通しているのはつまり「丙午(ひのえうま)」の年に生まれたということで、二人とも気力体力ともに強い。さすがに身体の自由は利かないが意識はしっかりしていて「命ある限り生きる」決意を新たにしたようである。こうなったら2回目の還暦を迎えるくらいに長生きしてほしい。それでは本稿をお読みくださった皆様も、そうでない方々も、佳きクリスマスと新年を迎えられますように!!!(完)
|